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丁稚奉公って今で言う格差社会ありきな貧困国の奴隷制度みたいな物ですよね?
日本も終戦直後は存在してたみたいですが、詳しい人は教えて下さい。

===補足===
んー、親は我が子の幸せを考えて手放すにしろ普通に考えたら本意ではないですよね。
右も左も分からず幼い内から強制的に親元離出されて住み込みで働かされるのって
現代と照らし合わせると奴隷のように感じたのですが、その時代の流れなんですね。
うちの婆ちゃんが丁稚奉公に出されてたとかって話をしてたんですが、
とても雇い主を恨んでるようには思えなかったので不思議でした。
皆さんありがとうございました。

  • 質問者:匿名希望
  • 質問日時:2010-05-20 00:46:18
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どこの家庭も貧しく十分な教育も受けられない時代に、きちんと食べさせてもらえ、読み書き、そろばんなども教えてもらっています。
その中できちんと礼儀、礼節、先輩との上下関係など社会的知識を学び店を持たせてもらいました。


現在の親が何も教えない、学校に行っても勉強せずに携帯ばかりのとは大違いです。

  • 回答者:匿 名 (質問から7日後)
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まあ現代人には現代の複雑な問題もあるとは思うのですが・・・。

奴隷制度ではありません

徒弟制度のひとつで、合理的な面もありました

  • 回答者:匿名 (質問から4日後)
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丁稚奉公は職業研修の意味合いもあったろうと思います。
いつまでも丁稚ではない。
優秀ならお店ののれん分けもあった。
食べられない時代に衣食住の保障があるのは、以外と安心だったかも知れないですし、読み書きそろばんは商売上身につけさせられたと思います。
江戸時代の看板では判じ文字という絵文字が使われていたのは、文字が読めない人がいたからでした。そんな中で字の読める丁稚の社会的扱いをふと想像してみました。

  • 回答者:匿名 (質問から11時間後)
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自分の知識なのですが・・・
「商店の息子を修行のために大きな商店に丁稚に行かせる」
つまり住み込みで働いてスキルを身につけて帰って来いという意味合いのものかと・・・

でも確かに口減らしの為でもあり、また基本は無給なので、
貧困対策、奴隷制度というキーワードに若干重なりますが、
そこで大きく成長、出世できる可能性があるので奴隷制度とは違いますね

相撲の新弟子に近いかもです

  • 回答者:boo (質問から10時間後)
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なるほど。

「丁稚とは、江戸時代から第二次世界大戦終結まで行われた商店主育成制度」とあり、戦後に丁稚奉公ほとんどなかったと思います。あってもGHQにより労働法規が整備されるまでの僅かな期間にあったのでしょうが、そのことは200年ほどまえの江戸時代からの歴史のほうがずっと長く、時代物の映画やTVドラマなどでよく取り上げられていますね。明治・大正・昭和初期生まれでそのような実体験をされた方もいるかもしれませんね。
明治末生まれの祖父が大正期に、醤油問屋に数年ですが丁稚奉公したと聞きましたが詳細は判りません。映画などでそういったものを見て何となく判る程度です。

  • 回答者:匿名 (質問から10時間後)
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